ある晩、月明かりが漏れるカーテン越しに人の気配を感じ、目が覚めた。
恐る恐る近付いてみると、それは大きな白い鳥で
鳥は、相変わらずな気障な態度で挨拶を済ませ、単刀直入に用件を切り出した。
翌日の朝刊の見出しは「怪盗キッドから予告状が」というものと
それを上回るフォントサイズで書かれた「怪盗キッドが殺人を犯した」というものだった。
詳細を読む気にはならず、そのまま新聞をゴミ箱に捩じ込む。
何て事は無い、奴は白だ。その翼のように。
彼は昨晩、下見で獲物が「目当ての物」だったと確信を持った。
そしてライバルである筈の俺に、それを見届けるように頼んだのだ。
身体も戻り、工藤邸で生活を再開し、それもあっという間に馴染んだ頃の事だった。
やり遂げた者よ
勝ち取った者よ
歓喜の声を合わせよ!
半信半疑でも殺人容疑がかかった怪盗には、いつもの倍の警官が配備された。
けれど、当の怪盗といえば意にも介さず、いつも通り憎らしい程の手捌きでジュエルを奪い
落ち合う約束をしたビルの屋上に降り立った。その様子が初めて彼と果たした「邂逅」を思い出させる。
丸い月の下、大きな蒼い宝石を空に翳す。
その石は見た目を裏切り、深紅の光を放ち、それを確認した彼は不適に笑った。
「さよならだ、名探偵。やっと…」
次の瞬間、石の輝きを讃えるように掲げられた腕から、また別の緋が散る。
突然の事なのに示し合わせたように彼は、そのままの流れで俺の首に腕を回し、愛用のトランプ銃をこめかみに突きつけた。
「誰だ、発砲したのは?!」
後方に怒鳴りながら中森警部が警官隊を連れ、屋上に流れ込んでくる。
こう警官が多いのでは誰が発砲したのかなど分からないだろう、怪盗の言う得体の知れない組織の連中なら尚更。
「これはこれはお馴染みの中森警部ではないですか。
見ての通り今回は人質を取りましたので、そこから動かないでいただきたい。」
思わず、中森警部に苦笑いを向けるとキッドと俺を交互に見て、忌々しげな表情を浮かべた。
どちらに向けたものなのか判断が出来ない。
そんな玩具じゃ無駄だ、と呼びかける中森警部の足元に向けて引き金が引かれた。
ガウンッ!
がやがやと騒いでいた警官達が一斉に黙る。
「…驚いたでしょう?そう、これはいつもと違い実弾入りです。
いつの間にか、すり替えられていましてね。
あぁ、犯人は分かっていますよ。私に殺人容疑を被せた人物だと。
しかし、この状況では何だかシャクですが、感謝しなくてはなりませんね。」
流れるような滑舌で一息に話す様子から独特の緊張が感じ取れる。
中森警部は長年追いかけて来た怪盗の変わりように呆然としている。
「…という訳で、動かないで下さい。
動けば貴方達にとって最高の頭脳が失われます。」
ぐりり、とこめかみに当てられた銃口が食い込む。
「…っつ!」
「待て、そいつはお前にとって邪魔者かもしれないが、まだ未成年だ。」
「悪党の常套手段で申し訳ない。
私の紳士道にも反します、が、今日は形振り構ってられないんでね。」
「何…?」
「私には果たさなきゃならない事がある。」
俺の首を固定したまま、手の中でクルクルとパンドラを回し品定めをするように見る。
「何分、ずっと探していた姫君です。
誰かの手で汚される前に、私の手で全て終わらせてやらなくては…」
ガウンッ!
「っい…っ!」
発砲された弾が俺の肩を擦った。キッドと同じように奴ら組織も形振り構ってられないようだ。
「お、おい、大丈夫か、くど…。」
キッドが一瞬ポーカーフェイスを崩す、先代の教えはどうした、状況が悪化したじゃないか。
今の一言で中森警部も警官達も気付いた、キッドに俺は撃てないと。
また上がる銃声。
「伏せろ、工藤!」
とキッドが俺の背中を突き飛ばす。みっともなくコンクリートに掌と膝を付き慌てて振り返ると
こちらにウインクを寄越しながら「じゃあな、名探偵」と笑った。
発砲に動揺しながらも警官達がキッドに向かって行く。その中の一人に腕を掴まれ助け起こされた。
キッドはフェンスを踏み台にして空を駆け上がったがハングライダーを広げる様子を見せない。
身体が無重力を感じた瞬間、優雅な動作で月に向かい石を放り投げ、カウントする。
「ワン、トゥー…」
ガウンッ!
急いて、また何者かが発砲する。けれど、もうカウントダウンは止まらない。
「スリー…っ!」
カキィ…ン…
やけに余韻の残る音を響かせてパンドラが砕け散り、残骸が輝きながらパラパラと地上に向かって落ちて行く。
怪盗も一緒に。
けれど、彼は体勢を立て直す様子を見せない。警官は誰も動かなかった。いや、動けなかった。
月光の白銀と同じ衣装を纏った白い怪盗が、その身体の左半分を血に染めて
ゆったりと重力を無視した速度で視界から消えて行く。
慌てて駆け寄り手を伸ばしたかったが、フェンスがそれを拒む。
「キッド…っ!」
表情を窺うと俺ではなく、その後ろの月、更に正確に言うなら砕けたパンドラを見ていた。
そして、不意に全てを理解したのか、流れ星を発見した子供のような顔をして
「…っは、ははっ、あは…あはははははははははははは!」
腹の底から面白くて仕方がないと言わんばかりに笑う。
それは確かに勝者の歓喜の声だった。
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SSにある「いつかのはなし」の長暗めバージョン、死んでませんよ!
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