呑み込まれるは

黒い渦










惨めな生き物。

目の前に転がった身体のこめかみ辺りを革靴で踏みつけていると、そんな言葉が過った。
煙草の吸い殻にするように、みじりみじりと踏みにじってやる。
どうやら、盗聴器か何か仕掛けたのか、少し前から目をつけられていたようだ。
路地裏で、ウォッカ達と別れ、一人になった瞬間を奇襲された。
だが潜り抜けた修羅場の数が違う。武器を奪い、殴打を加え、地面に転がすまで、さほど時間はかからなかった。
奴は苦痛と屈辱に耐えながら反抗的な目を、こっちに向けた。
丸腰で、ろくな抵抗も出来ない癖に、なかなか良い反応をする。
自分の立場を解らせてやる為に今度は爪先で顎をしゃくってやる。

「久し振りだな、工藤」
「…は、久し振りねぇ」
「まさか、あの毒薬で死ななかったとはな。運が良い野郎だ」
「そりゃ、どーも」
爪先を滑らすように放すと、床と奴の顎がぶつかる音がする。
「取引を見ただけでも消すに値するのに、ここまで嗅ぎ付けるとは予想外だ」
「…本来、探偵は地味な、役所だからな…」
顎の痛みに息を詰まらせながら言う。その口調には嘲りが滲み出ていて胸クソ悪くてたまらない。
「…どこまで知った?」
しゃがみ込み、ガラにもなく優しい手つきで顎を支えて真正面から目線を合わせると目に戸惑いの色が見えた。
大して、それを気に止めず素早く懐から取り出したトカレフを奴の口に捩じ込む。
「…んぐ…っ!」
「どこまで知ったと聞いている。あの女とお前は関係しているのか?」
こっちを睨み続ける目は、全部知っていると言わんばかりに挑発的だった。
駆け引きをする探偵の目だ。
勝機なんざないのに。実際、この状況は、こいつにとって最悪だ。
俺の気まぐれで引き金を引けば、一瞬で、あの世逝きだというのに。
酷く無様で滑稽だ。面白い。
「トカレフには、安全装置がない。その分、危険性も高い。知っているな?」
無理矢理、口の奥に突っ込んでも振るえて銃身と歯をガチガチ言わせるような醜態は見せない。
上出来だ。
殺意と加虐心のド真ん中で気分が高揚する。
「賭けを…賭けをしようぜ、名探偵
 このまま、脳天ぶち抜かれて人間花火になるか
 今一度、あの毒薬を飲んで、てめぇの運に賭けてみるか」
指先で挟んだカプセルを目の前に突きつけてやりながら。

「鉛玉と毒薬、どっちを選ぶ?」

暫く静寂が空間を包んだ。利口な頭で必死に生き延びる手段を考えているのだろう。
「…あぐ…。」
結局、口に銃が入ったままで工藤は最小限の首の動きでアポトキシンを選んだ。



ゆっくりと奴の唾液に濡れたトカレフを引き抜く。
支えを失った工藤の頭が、ゴトンと音を立てて落ちた。床に向かってアポトキシンを放ってやる。
ぐったりとしたまま、それを確認し、俺と見比べながら忌々しげに顔を歪める。
さっさとしろと視線を送り、銃を懐に戻し、壁に凭れながら煙草に火をつける。
一口目を肺に入れ、ゆっくりと空に向かって吐き出す。
一連の動作を見届けてから、奴は、ずりりと身体を這わせ、舌先でカプセルを拾い上げ口の中に含んむ。
効果は奴が薬を飲み下してから、すぐに現れた。
呼吸が荒くなり、汗をかき、身を捩り、頭を床に押し付ける。
それも次第に大袈裟なものになり、ほとんど地面でのた打ち回ってのと変わらなくなる。
二本目の煙草に火を付け、死んじまうかもしれねぇな、とぼんやり思った矢先、苦しみ方が変わった。
「ぐぅ…う…うあ…あ…っ!」
みるみる縮んで行く身体。
「な…っ?!」
思わず、煙草が口から転がり落ちた。
「…っ、うあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
みっともない絶叫が響くと奴の身体は幼児として完全になった。
近寄って覗き込むと惨めったらしく、胎児のように身を丸め呼吸を必死で整えようとしている。

何だ、最高じゃないか。

「はっ、そういう事か」
左手を振りかぶり銃身で殴り飛ばす。
「がっ!」
「いつまで敵の前で、そんな事をしているつもりだ?」
今度は鳩尾に爪先が入るように蹴り上げる。
「かはっ…!」
それだけで子供の身体はサッカーボールのように飛ぶ。あまりにも無力で、笑いが込み上げてくる。
さっきまで、トカレフを口に突っ込まれても怖じ気付かなかった身の程知らずの探偵が
こんな姿で身を潜めていたと思うと無様で無様で。

続く暴行に幼児の身体が限界に来たのだろう、もう失神寸前だ。
工藤は今にも閉じてしまいそうな瞼を苦労して上げながら、それでも尚、こっちを睨む。
「工藤、お前は賭けに勝った。チャンスをやるよ」
「…な……に……?」
子供の言う事なんざ誰も信じない。組織の事が世間にバレる心配は今のところはなさそうだ。
それに俺たちに恐ろしさを身を以て知ったこいつが自分の正体を易々と周りの人間に明かすとは思えない。
幼児として扱われる日本警察の救世主、どうしようもない屈辱だろう。
それでも全てを明るみにしようと、さっきのように悪足掻く。こんな醜態、見た事無い。
「その姿で俺たちを追って来い」
そうして泳がせてから、殺してやるよ。
「その無様な姿で」





そうだ、滑稽に踊れ。


















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やりたい放題!(私が)


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