そ れ も 気 の せ い で あ り ま す よ う に 















毎度お馴染みになった事情聴取の帰り道。年の瀬も近付き、ちらちらと雪が舞っている。
制服にマフラーを巻いただけの薄着では、しんしんとした冷えを十分には防ぐ事が出来ず
かたかたと肩を振るわせながら、掌を吐く息で申し訳程度に温めながら家へ急ぐ。

帰ったら真っ先に温かいコーヒーを入れよう。
そう思いながら角を曲がり、幼なじみの家の前の道に出た。
遠目ではあるものの、彼女の家の前で3人の人物が口論しているのが見える。
蘭と英理と小五郎。
3人で食事にでも行ったようだ、蘭は英理の腕をしっかりと掴んで放そうとしない。
一緒の家に帰りたいのだろう。子供っぽい彼女の願いに気持ちを和ませながら挨拶だけでもと少しずつ近付く。

最初に気付いたのは小五郎だった、彼だけが纏っていた空気を一変させたから。
こんな寒い夜に、凍り付くようなそれ。
そして、それは絶対的な拒絶だった。





確かに彼とは肉体関係を結んでいる。
あまりに複雑過ぎる人間関係の上であったが、お互いが秘密主義の探偵だ。
隠し通せる自信があったからこその事だった。俺には、それが出来ると。
男相手のセックスは面倒が多い。にも関わらず彼は何度も俺を抱いた。
嫁さんは別居中で、ただ単に性欲処理だったかもしれない。若ければ男でも良かったかもしれない。
けれど沢山のリスクを背負う事よりも彼に抱かれる心地良さ、嬉しさが勝った。
回数を重ねれば肌は馴染むし、快感も増す。次第に上手くなっていく彼が愛しくて、受け入れてきた。
彼がどんなふうに自分を利用しようと構わなかった。少しでも長く、この関係が続けばいいと願っていた。

そして俺の心の内も理解されていると思っていた。
思って、いた。
しかし、あの気配と一瞬だけ寄越した目が、俺にそれは間違いだと知らしめる。





英理は蘭に引っ張られ、事務所横の階段を同じように駆け上がっていく。
その様子を引き攣った笑みで見送った小五郎は
階段を昇り始める前にもう一度、念を押すように。こちらを見て事務所へと消えていった。
俺は、しばらく、その場所から動けずにいた。どれほどの時間いたかも分からない。
あの状況で俺が通れば、蘭も英理も家に寄るように勧めるのは目に見えていた。
俺と小五郎は独特の後ろめたさを感じながら、一緒にテーブルを囲んだだろう。
でも、それはお互いが共有する罪悪ではないのか。
なのに彼は俺が二人に、ばらすと思って拒絶した。
俺との事を知られたら、今度こそ英理とは離婚だ。娘の蘭も彼の元を離れるだろう。
でも、蘭を失うのは俺も同じ事で。
誰にも知られてはいけないとベッドの上、間抜けにも全裸で正座して話し合った事を忘れたのだろうか。
秘密、という言葉のくすぐったさに俺が心躍らせたのを彼は知らないのだろうか。
「おじさん、今夜は俺と寝ないんですか?」などと言うとでも思ったのか。
幼児退行し、工藤新一という自己を隠して来た俺が、
誰かを守る為に嘘をついて来た俺が、そんな事をすると思われたのが酷く惨めだった。
それとも、これこそが報いなのだろうか。



家に着き、毛利一家を見る前に考えていた事を思い出す。
マフラーをダイニングの椅子に放って、ケトルに水を入れ火にかける。少しでも早く暖が取りたいからインスタントだ。
湯が沸くまでに着替えを済ませ、素早い手つきで一人分のコーヒーを入れる。
マフラーの引っ掛かった椅子に座り湯気を上げるコーヒーを一口飲み下すと熱の塊が体の中に広がるのが分かる。
何度か口をつけていると次第に体温が戻って来る。
マグカップの熱を閉じ込めた両手で自分の頬に触ると、とても温かかった。
部屋も帰って来た時に暖房を入れたから、今では十分暖かい。

なのに、どうして身体の震えが止まらない。

手を頬から髪に滑り込ませ頭を抱える。歯が、がちがち鳴るのが煩わしくて、強く食いしばるが失敗に終わった。
雪の夜は、何でこんなに静かなのだろう。己が立てる物音ぐらいしかない。
白熱灯の温かみのある明かりも逆に白々しく目に映る。
手に持つカップには現実味がなく、何度も口にしたコーヒーは味がなかった。
それらの理由に思い当たってしまったが、慌ててそれを振り払う。
「寒ぃ…。」
口にした途端、虚しく響いて絶句する。





凍え死にそうだ。















-------------------------------------------------------------------------------
しまった、これでは小五郎が人でなしではないか。


■back